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ユリイカ感想2
評論は、まぁ全体的に「そういう考え方もできるんだなぁ。でもこんな読み方して楽しいんかね? つか肝心の子どもはンなこと考えねーよ」で終わりです。……や、こんなブログやってて言うセリフじゃないかもしれませんが(笑/しかし自分は世界の構成要素を分断しているのではなく、構成要素から世界を組みなおしているつもりです…)

チャグムのあれを『妊娠』ととらえる意見にびっくりしました(←かろうじて理解できた評論のうちの1本)
あれ書いてたの男性? 女性? 確かめておけばよかった……予想として男性(笑)
確かに武器持って戦うのがバルサ(女)、それを待って癒すのがタンダ(男)、卵を抱えているのがチャグム(男)というのは、トランスジェンダーに見えなくもない。
アニメ感想でもバルサがお父さん、タンダがお母さん、てのが定着してるし(笑)
タンダ「武人の女房」だし(笑笑)
『とりかへばや』系列なんですかね。
でも妊娠……妊娠ねぇ……? 産んだのは貝だよ?
男の子が妊娠するというショッキングさ、卵を産みつけられるというある種の不気味さがあるんだそうです。ジガバチみたいな。そーいやメイキングで神山監督もカタツムリの寄生虫がどうのとか言っていたような。
自分は、ツバメが人家の軒先に巣をつくるようなもんかと思ってました。あるいは托卵。
……男の人にとって、『妊娠』って不気味なことなのかもしれません。卵を守るオスとか、子育てするオスなんて、そう珍しいもんじゃないのになぁ。


対談。『におい』に頷きました。そういやあったよ、そんな感覚。忘れてました。あと懐かしい本のタイトルがたくさん! そして確かに話の筋は覚えてないのでした(笑)本のイメージに付随して、図書館(主に小学校)の記憶ははっきりしてるんですけどねぇ。
海底二万マイルとか、二年間の休暇とか好きだったなぁ。
それから、友人に日本画修復の勉強をしている人がいるんですが、以前「何故日本画を選んだのか?」という問いに「西洋画ではそれが描かれた背景を肌で感じることができないから、修復時に完全な状態にしてあげられると思えない」と答えてくれたことを思い出しました。なんか似てるー。


監督インタビュー。
今明かされる外来語の秘密!!(笑)
さすが自分が考えたよりも一歩深かったです。そうこなくっちゃ。
ウソの二重性については「?」というところ。ダメだ、わからん……。
ただ、モデルに基づいた中途半端な虚構は「これ○○じゃん」とわかってしまう、違和感が生じて話の筋を楽しめなくなる、というのはなんとなくわかりました。えーと、不気味の谷現象の世界観バージョン?
その中で、キメるところはウソでキメる、てことですよね。
自分なんかは、「槍があんなにしなるなんてありえない」と言われたら、下の記事にあるように、「うん、誇張表現だよねー」と表面では言いつつ、心の中で「一定の刺激下において分子の結合状態を変える物質でできてるのかも!!」と燃えますが(笑)。実際、以前TVで表面をぺちぺち叩いている限りは固体のようなふるまいをするけど、叩くのをやめると液体になるという物質が紹介されていてですね……てその話は置いといて。
でももしバルサとチャグムに「この槍はあるスピード以上で振ると曲がるようになっていてね。そらッ!」みよーん「本当じゃ! おもしろい! 余にもできるか?」「あんたの腕じゃ無理だよ」とかやられたら萎えます。きっと激しく萎えます(笑)。その辺のバランスってものがあるんでしょうね。なんでだろ……分析してみたらおもしろいかも。

この『ウソ』のあり方もおもしろいです。実際には観察されない現象であるのに、人間がそれにノってしまう。デフォルメされたものを「ありそうだ」と認識してしまう。格闘マンガなんてこれを駆使しまくってますよね。この辺は認知学になるのかなー。


ラフラ。
バルサ嬢ちゃんの破壊衝動が一番強く印象に残りました。子どもの頃って、こんなことあったなぁと思ったりして。
あと「逃げる」に対するラフラ老女アズノの示唆がいいなぁ。少女バルサは、こっから「守り人」までどういう経路を辿って「逃げる技術の大切さ」を知ったのかなと思わせました。
あとは……心を表すことの難しさ。
たとえばアニメで、チャグムがお金のことを気にして、ルイシャをさしだしてバルサたちに頭を下げるシーン(同じようなことを思いつつ育った自分にはチャグムの気持ちが痛くて仕方なかったんですが)。あれはチャグムなりの精一杯の感謝だけれど、『他人』であるバルサたちへの遠慮でもある。用心棒は所詮金銭を介しての関係でしかない、とも言えるし。
もしも、皇子に戻ったチャグムが(ありえないけど)「礼をしたい。受け取ってくれ」と金銀財宝をさしだしたらバルサは激怒するだろうし、ものすごく悲しむと思う。
心だ思い出だはお金に変えられない、という見方ですな。

一方で、たとえば老い先短いご老人がいるとして。身体の自由が利かなくなって、実の娘息子に疎まれて、血のつながらない、ある娘さんだけが親身に世話をしてくれたとして。
その心に報いたい、どうか遺産を受け取ってくれ、と言われたら。
……あー、ものすごい相続争いが起こりそうですが、それはさておき(笑)
お金が欲しくてやったわけじゃない、と突っぱねたら、ご老人すごく辛いと思う。
それが単なる自己満足に過ぎないとしても、他に与えられるものがない。もう命の残りも少ない。そしたら、自分が後に遺すものを受け取ってほしいと思うのもよくわかる。
心をお金に換えて卑しめたいわけじゃない。

50年の歳月を重ねてきた2人が、すれ違っちゃったのが悲しかったなぁ……。


と、まぁこんな感じでユリイカ感想おしまいです。
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