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ヨゴ語の変遷
えー、昨日の続きです。

まず北ヨゴから見ていきます。
ここで、仮に200年前ヨゴ語を近代ヨゴ語と呼びます。
北ヨゴに移住してから、近代ヨゴ語から言葉が変わる原因を考えてみましょう。

・時間の経過
・ヤクー語の流入
・ロタ・カンバル・サンガルとの交易

ここでヤクー語の流入はまず確実にあったと思います。なにせ民族融合しちゃってるくらいですから。ヤクー訛りが強い方言とかあるかもしれません。
ロタ・カンバル・サンガルは、どの程度関係が深いかに影響の度合いが依存しますね。
時間の経過による変化もなくてはおかしいですね。いつの時代も「昨今は言葉が乱れている」と嘆かれるものです(笑)
とはいえ、新ヨゴの政治形態は非常に保守的です。帝なんて宮から出ない!
上がそうであるなら、民族性もそういった面が強い、ということは考えられます。とすると、言葉も変わりにくいのではないでしょうか。
日本でいうなら関西ですかね。これだけ情報インフラが発達し、画一学校教育を受けていてさえ意外と方言は消えないものですが(しかも若者言葉に取り入れられて標準語になったりまでする)、特にあちらは東京言葉は受け容れられにくいようで(偏見かもしれませんが;)
というのは、やはり関西は天皇がおわします地域なのです。日本の中心なのです。中華思想というものがありますが、同じように周辺地域へ文化を広めることはあっても、東夷のあれこれを輸入するとか、ぶっちゃけアリエナイわけですね。
神の子を掲げている新ヨゴは、そういう気風であってもおかしくないかな、と。


次、南ヨゴです。同じく近代ヨゴからの変化要因は、

・時間の経過
・南大陸周辺の国との交易
・タルシュの侵攻

タルシュ前の政治形態がどの程度新ヨゴと共通する部分があったのか不明です。
侵攻後はタルシュの公用語とヨゴ語と並立させてるだろうと推測されます。侵攻後の数年でだいぶ文化環境は変わったのではないでしょうか。
ただ、南ヨゴは北ヨゴよりも長い歴史があり、その記録が残っているはずです(移民のときに大量に文書を運ぶとは考えにくい)。となると、復古主義・ルネサンス期があった場合、ある程度古代ヨゴ語に回帰しようという動きが発生する可能性があります。


……とはいえ、守り人時代ではやっぱりタルシュの影響が強いだろうと思われるので、古代ヨゴ語(近代ヨゴ語)の形をよく保存しているのは北ヨゴ、すなわち新ヨゴ皇国の方かな、と思います。


ところで、上記ルネサンスです。
アニメの新ヨゴは江戸時代がモデルっぽく、かなり豊か。商業が発達しており、余剰生産力は十分ありそうです。
日本の江戸時代はルネサンス期でもあります。上からの文化伝達ではなく、下=民衆からの文化が花開いた時代です。
新ヨゴの学術・芸術等々がどんな動きをしているのか、すごーく興味があります。
シュガの出番に期待です(笑)
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