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逃亡 感想
他のすべてを吹っ飛ばして、親子喧嘩しか印象に残ってません(笑)。チャグム、怖いね、辛いね。泣け泣け。泣けるのは生きてるからだよ。頑張れ。


でもってバルサ父ちゃん(笑)は声震えてましたね。画面のこちらでもらい泣きですよ。顔は泣いてないのにね。チャグムのためにも、あそこじゃ泣けなかったのか……いや泣いてもよかったと思いますが(笑)
そう考えると、(原作ですが)思いきりバルサを泣かせたタンダはやっぱり対等な特別なのかな……。


そしてこれから先は国語の時間(笑)。キャラの立場じゃなく、創作物、フィクションとしての『理屈』であのシーンを解釈してみます。
「私を突け」と言いながら、いざ槍持って向かったら「親に刃を向けるとはどういう了見だ!」の理不尽っぷりについてです(笑)。

まず、『俺の屍を超えて行け』(笑)。
ここでチャグムが迫られているのは、被庇護者の立場を捨て自分の意志を通す=一人前として自らの行動の責任すべてひっかぶる存在になるかどうか、じゃないでしょうか。
……や、これバルサの心情解釈じゃないです。そんなぐるぐる考えての行動とは思えないんで(笑)。あくまで物語としての解釈ですよ念のため。
刃物を持ってバルサの前に立つ、てことは、多分殺されても文句言えない状態だろうと。まぁアニメバルサは不殺の誓いを立ててるようではありますが(笑)、それは親でもなければ子でもない、命対命の状態なんだろうと思うのです。
対等の立場であるなら、自分の意志を通すにはチャグムは実力でもってバルサをねじ伏せなくてはならない。まぁ無理だけど(笑)。腕力でも、気迫や理屈でもバルサを説きふせることができないのは、チャグムがバルサと対等にはなりえないから。ひらたく言うとまだ子供(笑)。
それがセリフによく出てます。
「母君とシュガに守ってもらうんだ!」
無力な子供だもん。大人に守ってもらうのは当然です。

でも、だからこそチャグムはバルサに槍を向けてはならなかった。

その存在を利用せず見返りも求めず、自分のすべてをかけて子供を庇護するなら、それは血が繋がってなかろうと親です。子が親に刃を向けたらそりゃ殴られもします。むしろ殴るのは親の責務でしょう。そのまんま育って誰かれ構わず刃物向けたらどーすんですか。繰り返しますが、他人に刃物向けるのは殺されても文句言えないこと、自分を殺すに等しいことです。子供が自殺しようってんならそりゃ止めますって。

――と、『こんな感じかなぁ?』と考えてみました(笑)。
何が言いたかったかというと、理不尽に見えるけど、理不尽じゃないかも〜です(短ッ)


誰も何も悪くない。ラルンガですら。ただ自分の命を生きているだけ。それが物語になる……お話の力ってすごいなぁ!



それとは全然別で、開始直後あみんの視線を釘付けにしたもの。


月。


……あの……めっちゃ変な形してるんですけど……?
今まで築いてきた宇宙観が崩壊するかもしれません(泣)
詳しくはまた後日〜。
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